あの日 あの時 地震に水害

3月11日 午後2時46分 
こどもたちはすやすやお眠の子もいますが、館内放送を静かに流し 全員で黙とうをしました。
この町も 揺れ 断水 停電 食器戸棚は倒れる・・・
ニュースで知ったあの時の衝撃は忘れられません。

思い出します。私事ですが、地震から数日後、有志らとボランテアに行ってきました、おにぎり200個 水 お湯 衣類・・・2トン車とワゴン車で8人で一路釜石・そして大槌町へ 仲間の一人に知人と連絡取れない!じゃ一緒に探そうと捜索に、職場周辺探すがいませんでした。 一か月後、安否確認ができました。嬉しかった。
 その1週間後は、側溝のどぶ上げ 大きな魚の目がどろんこの中から見えた時は驚きました。まさか?・・・水道管が出てきたり 1m掘るのに1時間以上・・蓄積された土砂は固くて重い・・・衣類や長靴に喜んでくれた女性たちが悲惨なできごとを一気に話されました。傾聴することよりできませんでした。・・
 
それより以前は新潟地震 秋田駅前で大学生らが募金運動 それでミルクに哺乳瓶 紙おむつに女性用ナプキン購入し3日目に出発、一方ではきりたんぽ500食、衣類や消耗品この時も2トントラックとワゴン車で6人で出発、・・・とある体育館で赤ちゃんをおんぶししていた女性に私がおんぶしましょうか?快く赤ちゃんを預けていただきました。その間その女性は、少し休むことができました。
 阿仁前田の時も大変でしたね。川の水 水害ってどんな変化をもたらすのか全く想像もできません。
だからこそ、物事を臨機応変に機転を働かす。とっさの判断力、冷静さ、身近な人に寄り添う姿勢、笑顔、痛みを感じとる 大事ですね。
いつ どこで どんなこと があるかわかりません。
災害の教訓を子どもたちに伝えることも大切ですが、お家での約束事、整理整頓、食生活、まさに生きぬける力を育むよう関わっていかなくてはならないと常日頃感じています。

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